artists
'09‥ '08‥



宇崎竜童
1973年にダウン・タウン・ブギウギ・バンドを結成しデビュー。『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』『スモーキン・ブギ』など数々のヒット曲を生み出しながら、作曲家としての活動を続け、阿木燿子と共に山口百恵に多数の楽曲を提供。
1976年には内藤やす子さんへの作品『想い出ぼろぼろ』で日本レコード大賞作曲賞を受賞。映画音楽も数多く手掛け、日本アカデミー賞最優秀音楽賞など、数々の賞も受賞。他アーティストへの楽曲提供やプロデュース、映画、舞台の音楽制作、映画監督、俳優として幅広く活動をしている。
又、毎年秋には、さまざまなジャンルの豪華ミュージシャンに出演を頂いている『お茶の水JAZZ祭』をプロデュース。自身のライフワークとなっている。今年5月にはエイベックスより、7年振りとなる自身のシングル『涙なんだ』もリリースしている。
keyco
'99年に「SPIRAL SQUALL」アナログのみの限定発売で話題となり、北海道FM局NORTH WAVE[STREET FLAVOR]でリクエストチャート6ヶ月間1位の記録を出す。その後メジャーデビューを果たし、現在までにオリジナルアルバム5作、コンセプトアルバム3作を発表。 自らの持つ声の特質を巧みに使い分けるセンスは、日本の女性シンガー・シーンにおいて突出した個性を誇る。ニュー・ソウルをベースに活動しつつ、レゲエ、ヒップホップ、ファンク、ドラムン・ベース、ジャズ、ブロークン・ビーツなど、各シーンの一線で活躍するアーティストたちから厚い支持を受け、多数の名コラボレーションを実現。その幅広い活動歴は、まさに彼女の存在感が類稀な力を持つことの証と言えるだろう。最近では海外アーティストからのオファーを受けるなど、その揺るぎないオリジナリティを国内外問わず認められるシンガーに成長してきている。 ‘02年に長女を出産。 それ以来、よりシンプルで愛の籠ったメッセージと、それを乗せる最新型ソウル・ミュージックを探求中。 ‘04年から多数のクラブ・ミュージック型バンドで構成されたクルー『nbsa+×÷』での活動、’05年からはPort:scapeのメンバーで構成された初のオリジナル・バンド(現在『鼓響』という名で活動中)でのライブ展開、‘06年にはLIBROとのエレクトロニカ・ユニット『Fuuri』でのアルバム・リリース、'05年から'09年にかけて近年深まりつつあるHIFANA&ZAMURAI とのコラボレーションなど、生音とデジタルの融合を意識しつつ、あくまでも今の新しい音を求める姿勢で活動の幅を拡大中。 また最近ではイラストの出展、ジュエリーデザインを手掛けるなど、マルチなアーティストとしての活動を始動。
木村充揮
1975年、ブルースバンド「憂歌団」のリードボーカルとしてデビュー。『天使のダミ声』と称される独特の声の魅力、独特の歌い回しで長年大阪を代表するボーカルとして活躍。1999年惜しまれながらも「憂歌団」は無期限活動休止に入るが木村充揮は精力的にソロ活動を開始しロック、ポップ、ブルースにとどまらず演歌、流行歌、ジャズ、民俗音楽にいたるまであらゆるカテゴリーを包括したボーダー・レスなシンガーとして活躍の場を広げる。2006年、デビュー30周年を迎え「30th Anniversary」コンサートを大阪NHKホールで2日間開催。2008年には、話題作のLIVE DVD『男唄?THE 歌謡 SHOW?』、シングル『クレイジー節?昭和讃歩?』を発表。2009年、男唄シリーズ3部作を経て、オリジナル楽曲を発表するため同氏とのユニット“クレイジードッグス”を結成し、同年7月3部作の集大成となるアルバム『CRAZY DOGS』を発表するなど、音楽への飽くなき挑戦はとどまるところを知らない。また、これまでライブではスタンダード曲の素晴らしいカヴァーを数々聴かせてきましたが、2011年、日本を代表するジャズ界の奇才・梅津和時氏をプロデューサーに、渋谷毅氏(Piano)をはじめとする素晴らしいプレイヤー達を迎え、木村充揮キャリア初のジャズ・アルバムをスタジオ・レコーディング。Nat King ColeとBillie Holiday、この二人の偉大なアーティストの永遠の名曲群を唄う珠玉の名盤シリーズが完成。5年ぶりとなる待望のソロ・アルバムを2ヶ月連続でリリースする。
越路姉妹
港町横浜で結成され 「唄と笑いの花束を」をテーマに 女心を唄う 港町横浜は福富町にて結成されたバンド。
野毛でスナック吹雪を経営している越路よう子は、福富町の盆踊りに出演する為にギターを弾くのが上手だった妹の越路和子を誘いバンドを結成することを決意する。その後この店の常連客であり探偵家のマイクブラック濱ぁがドラムをやっていることを知り、ついに越路姉妹というバンドが結成される。そこにマイクブラック濱ぁ探偵事務所のマダムヤンがなし崩し的に加入し更には長者町で和子が参加していたヘビーメタル同好会の会長
ロボット太郎がベーシストとして参加する。
2010年には、越路家の次女である越路F雪路がエジプトから帰国し
これまた流れで加入。まったくもって気がついたらバンドになっていたバンドなのである。
The Cavemans
Spinna B-ill&the cavemansとして2002年より3年間の活動。「フジロックフェスティバル」、 「沖縄ジャパンレゲエフェスティバル」、「横浜レゲエ祭」と国内最大級のフェスティバルへ数多く 出演。シングル2枚とアルバム3枚を発売。日本のルーツレゲエバンドとして唯一無二の存在となっ た。2005年の解散後、バンドの作曲やアレンジ力、さらに演奏力が注目され、Ricki-Gやタカチャ などのサポートなどをした。2年後の2007年にC&KのKEENをボーカルに向かえ、ミニアルバム「ソ ウルダブモンスター」を発売。2008年にはVo Vo Tauの女性ボーカリストRingとコラボをし新た なケイブマンズで活動の輪を広げていった。2009年では誰もが知っているアノ曲、コノ曲をケイブ マンズなレゲエでインストアレンジ!最高のカヴァーアルバムを発表している。いよいよ2011年に vo,AKIYUKIが加入。ファンキーでもあり、スウィートでソウルフルなケイブマンズサウンドが誕生 した。今なお、さらなる歴史を刻んでいくザ・ケイブマンズに注目が集まる。
Taurus Bonehead
プロデューサー/エンジニアとしても名を馳せる、 GO-GO KING RECORDERS加納尚樹のソロ・ユニット 「Taurus Bonehead」の”叫び吠える”デビューアルバム BassにTokie(Unkie, Losalios他)、Guitarに八橋義幸(Super Fly,Bonnie Pink他)、Percussion&DrumsにAnton、Baritone SaxにMonky(Black Bottom Brass Band)が参加
早川義夫佐久間正英

早川義夫
伝説のバンド「ジャックス」のリーダーであり、「からっぽの世界」「マリアンヌ」「サルビアの花」など数多くの名曲を生み出した。23歳の時に、突然音楽業界から足を洗い、1972年「早川書店」開業。 1993年8月にNHK-BS「過激にパラダイス」に出演。9月再活動ライブを江古田バディにて行う。 1994年シングル「君のために/サルビアの花」、アルバム「この世で一番きれいなもの」をリリース。 1997年、桑田佳祐作詞作曲プロデュースのシングル「アメンボの歌」、3rdアルバム「恥ずかしい僕の人生」をリリース。 2000年、4thアルバム「歌は歌のないところから聞こえてくる」をリリース。 2002年、5thアルバム「言う者は知らず、知る者は言わず」リリース。
2005年、初のDVD Ces Chiens Live「いい人はいいね.」リリース。 2008年、「I LOVE HONZI」リリース。
2010年「日常で歌うことが何よりもステキ」出版。

佐久間正英
1952年3月1日東京生まれ。 1970年:和光大学人文学部人間関係学科入学。 フォーク・グループ「ノアの箱船」を茂木由多加、山下幸子と結成。その後メンバーの変遷を経て1971年「万華鏡」結成。ライオン・フォーク・ビレッジで入賞。 1973年:Kb.茂木由多加、Dr.宇都宮カズ(後に高橋直人が参加)とキーボード・トリオ「MythTouch」結成。ギターからベースへ転向。 四人囃子、安全バンド等と共に”浦和ロックンロール・センター”を拠点として活動。 1975年:和光大学卒業後、「四人囃子」にベーシストとして参加。以後作・編曲家、スタジオ・ミュージシャンとしてのインディペンデントな活動を開始。 1978年:「Plastics」に参加。1979年:四人囃子5th Album「Neo-N」発表後活動休止。?「P-Model」の1st Album「In A Model Room」をプロデュース。?「The Plastics」イギリス、ラフトレードよりデビュー。 1980年:「Plastics」ワールド・ツァー開始。?1981年:「Plastics」解散。1984年:初Solo Album「Lisa」(果樹園のリサ)JVCからリリース。 「根津甚八」アルバム「+B」プロデュース。初のベルリンレコーディングでエンジニア『Michael Zimmerling』と出会い、その後数多くのレコーディング・セッションを共にする。1985年:「Boowy」「The Street Sliders」のプロデュース。?1991年:ソロ2作目「in a garden」、3作目「REPLAY」を東芝EMIより同時リリース。 1992年:ソロ4作目「SANE DREAM」リリース。1999年:「NiNa」結成。2002年:「The d.e.p」結成。 2003年:早川義夫とユニット結成。

BACA-BACCA

70年代に社会現象とまでなった伝説のバンド、キャロルのギタリスト内海利勝
ダウンタウンブギウギバンドのベース新井武士
竜童組ほか原田芳雄バンドなどのギター長洲辰三
キングトーンズのドラム寺本修の4人で自然発生的に結成されたロックばかどものバンド、BACA-BACCA(バカばっか)。
心底ロックが大好き。その名のとおり、ばかばかしいほどご機嫌なやんちゃな大人のロックバンド。


 


ブルース・ザ・ブッチャームッシュかまやつ

blues.the-butcher-590213 (永井ホトケ隆・沼澤尚・中條卓・KOTEZ)
07年1stアルバム発売日に浅野祥之が他界するという悲運に見舞われたザ・ブルーズパワーの永井ホトケ隆(vo & g)と沼澤尚(drs)が亡き浅野氏のブルーズへの熱い意志を受け継 ぐべく、中條卓(b)とKOTEZ(harp)新たに結成したblues.the- butcher-590213(通称:ブルース・ザ・ブッチャー or ” b.t.b.”)。 08年にデビューアルバム”SPOONFUL”、09年 には2ndアルバム"MOJO BOOGIE", ムッシュかまやつをゲストに迎えた3rdアルバム"ROCKIN' WITH MONSIEUR"を立て続けにリリース。そのオーセンティックでディープなブルースを強烈なグルーヴと新しいサウンドで「現在」のダンサブルな音楽に塗り替える彼らの実力は,年間70本を超える全国各地へのツアーやフジロック、ライジングサン、NATURAL HIGH、SONG OF THE EARTH、WINDBLOW、「濱JAM」、「n.b.s.a」.、「春風」、「ひかり祭り」、「天空まつり」、「忍野DEAD」をはじめとした各種フェスへの出演でブルース・ロック・ファンはもちろん、ジャンルや世代を超えた音楽マニア達をことごとく狂喜乱舞させてきている。

ムッシュかまやつ
1939年東京生まれ。父は日本ジャズ界の草分け、ティーブ釜萢。青山学院高等部在学中から米軍キャンプでカントリー&ウエスタンを歌う。50年代に「小坂一也とワゴンマスターズ」に加入しプロデビュー。64年、「田邊昭知とスパイダース」のメンバーとして数々の名作を残す。解散後はソロとして75年に「我が良き友よ」が大ヒット。現在もセッションシンガーとして様々なジャンルのアーティストと精力的に活躍中。


Likkle Mai
DUBバンドDRY&HEAVYの元・女性ヴォーカル。在籍中に4枚のアルバムと1枚のリミックス・アルバムをリリース。05年、更なる飛躍を求めDRY&HEAVYを脱退しソロとして始動。 06年2月1stアルバム『ROOTS CANDY』を、07年7月、2nd『M W』を発表。レゲエ界のトップミュージシャンで構成されたバンドによるエネルギッシュなステージングが話題に。同時にギタリストThe KとのピースフルなアコースティックユニットLikkle Mai & The K名義でも国内外で活躍の幅を広げる。 09年リリースの全編バンドサウンドによる3rdアルバム「mairation(マイレーション)」はミュージックマガジンのベストディスク2009レゲエ部門で第一位に、RIDDIM誌のSKA〜ROOTS部門でも第一位になり近年を代表するレゲエ・アルバムとなる。そして2011年春、待望のニューアルバムをレコーディング中。 この他2010年には伝説のダブエンジニアScientistとの共演・レコーディングを果たす。ルーツレゲエのDJとしてもJah ShakaやAdrian Sherwoodなどの来日公演をサポート。また「希望郷いわて文化大使」として故郷・岩手県のPRにも努める。

(C)Keihin Rock 2011